※この文章はnoteに投稿したものです。(一部抜粋部分あり)
私はスポーツビジネスに携わって長い。もうかれこれ20年近くになる。V・ファーレン長崎、サガン鳥栖、埼玉西武ライオンズ、ちふれASエルフェン埼玉、日本ペイントマレッツ、T.T彩たま。チームや球団のフロントスタッフとして、公式試合の時は常に運営者側にいた。今は日本陸連のマーケティングディレクターとして、唯一の国際大会であるセイコーゴールデングランプリや陸上日本一を決める日本選手権のチケッティング統括をしている。
ここ最近は特定のクラブ・球団に属していないこともあり、観客としてスタジアムやアリーナを訪れることが多い。運営者側にいたときは「サポーターっていいな〜楽しそうで」と思っていたので、今はそれを満喫しているような状態だ。
今回はスポーツビジネスの当事者として、運営者側の視点、サポーター側の視点、両方の視点からいま話題の長崎スタジアムシティの魅力について語ってみようと思う。ちなみに長崎は私の地元で、私はJリーグを目指して設立されたV・ファーレン長崎を株式会社化する際の中心メンバーであり初代取締役である。そういう意味でも長崎スタジアムシティには人一倍思い入れが強い。
一般的なスタジアム・アリーナの問題点
私はスポーツビジネスに関わる中であることに気づいていた。そしてそのことにずっと不満を持っていた。それは何かというと日本の一般的なスタジアム・アリーナでは、試合前・試合中に比べて試合後のカスタマージャーニー(ファン・サポーターの1日の体験)が悪くなくなってしまう傾向にあるということである。
通常は試合が終わったら観客はさっさと帰る。渋滞を気にしてさっさと帰る。グッズの店や飲食の店も閉まっているのでさっさと帰る。だからグッズや飲食なんて試合後はまったく売れないし売ろうともしていない。帰りの動線に観客が集中するので渋滞になる。みんなにとっての悪循環。これが試合終了後の観客の体験として当たり前に発生することだ。
一方で運営者側からすると、試合が終わってすぐに座席の清掃に入ることには合理性がある。スタッフを外注しているため外注先の拘束時間を減らすことがコスト削減につながるからだ。ついでに言うと職員だって早く帰りたい。試合の日は業務が集中していてかなりクタクタである。サッカーであれ野球であれ、特に夜(ナイター)の試合では後かたづけも含めて業務が深夜におよぶ可能性があり、この傾向が顕著である。
なので有り体にいうと運営者としては、試合後はファンの方々に施設の外で盛り上がってもらえることを望んでいる、近くの居酒屋で試合内容を肴にしてああだこうだと盛り上がっていただくのは極めてウェルカムなのである。
埼玉西武ライオンズの取り組み
私がいた頃の埼玉西武ライオンズでは、試合後のグランドにファンが自由に降りられるようにしていた(今も続いているようだ)。さっきまで選手が走り回っていた外野の人工芝の上で、ファンの皆さんに思い思いに時を過ごしてもらっていたのだ。常に1,500人ほどはいただろうか。外野からホームベースまでの距離がこんなに遠いと驚く人、家族や友達とゴロンと寝転ぶ人。外野フェンスにぶつかってファインプレーキャッチを想像しながら実演する人が絶えず、私はそれを守るために「フェンスにはぶつからないでください」としきりに声をかけていた。いつも試合が終わるごとに苦笑いと共にある感情が浮かんでいた。「これにはニーズがあるんだなぁ…」と。
試合に勝った時も負けた時も、グランドに降りた人々はいつも笑顔だった。どうかしたらみんなグランドを後にする時にはその試合の勝敗すら忘れてしまっていたのではないか。運営側としては来た人に楽しかった思い出と共にドームを後にしてほしかったので、その狙いは当たっていたと思う。
埼玉西武ライオンズが属する西武グループには西武鉄道があり、ベルーナドームには隣接して「西武球場前駅」がある。試合後はいつもここにファンが殺到して大混雑となる。試合後にグランド内でイベントをするのは、この混雑を少しでも緩和するためという側面もある。そういった意味でもこの取り組みは極めて合理的であったのだ。
「試合後のグランドイベント」は日本のスポーツビジネスにおけるヒット施策だと思う。最近は他の球団・クラブでもこのような取り組みをしているところがあるようだが、最初はおそらく埼玉西武ライオンズだろう。
長崎スタジアムシティで体験できること
いま話題の長崎スタジアムシティはスタジアム、アリーナ、ホテル、オフィス、商業施設が1カ所に集まった巨大な複合施設である。投資額は約1,000億円。アクセスはJR長崎駅から徒歩10分。市内を3−5分おきに巡回する路面電車の駅(スタジアムノース駅、スタジアムサウス駅)からは徒歩1−2分のところにある。路面電車の駅からはまさに「目の前」にスタジアムシティが見える。長崎市内では最高の立地だ。
柿落としには福山雅治さんのフリーライブが開催され25,000人の観客が集まった。2024年10月にオープンして以来、サッカーとバスケットの公式戦では毎試合のように満員御礼が続いている。
その他に特徴的なのは、
- スタジアムはピッチまで5メートルで国内最短。臨場感がすごい
- すり鉢状の設計でどこからでも見やすい
- サッカーとバスケットボールがハシゴできる
- スタジアムとアリーナの間にビール醸造所がある
スポーツビジネスに関係している人、スポーツには関心がなく初めて行く人、とにかくあらゆる人々から評判が良い。
長崎スタジアムシティの本当の魅力
多くの専用スタジアムがそうであるように、長崎スタジアムシティでは試合がない時にいかに稼ぐかがポイントだった。仙田満先生が提唱している「遊環構造」を基本設計に取り入れ、コンコースをぐるり一周巡回できるようになっている。そのためすべての人が平日でもふらっと訪れることができる。つまり”ただ”で入れる。試合がある時もない時もコンコースを23:00まで解放しており、夜にはピッチが照らし出されるプロジェクションマッピングがあって、なんとそれもスタンドの座席から無料で見ることができる。ここまで徹底できるのは素晴らしい。他と決定的に違うのは「民設民営」であること。そして事業主体のジャパネットグループは自前主義なので、サービスを提供する主だったスタッフは全てジャパネットグループの社員だということだ。
たくさんある魅力の中で私が一番だと思うのは、試合が終わっても決して追い出されないということである。他のスタジアムやアリーナでは、試合が終わると会場から速やかに出るように促される。しかし、長崎スタジアムシティではいつまでもゆっくりしていいのだ。一人で思い思いに試合の余韻に浸るもよし、サポーター仲間と一緒に勝利を祝って騒ぐのもよし。なんと素晴らしいことか。これは決して他では味わえない体験である。
(そして施設運営側としては顧客の滞在時間が長ければ長いほど施設全体の売り上げが増えることがデータでわかっている…)
これを読んだ皆さんには是非「追い出されないスタジアム」を現地で体感してほしい。長崎の地で日本のスポーツビジネスが階段を一歩上がる瞬間をその目で見届けてほしい。お金に見合う価値を提供できることは私が保証する。試合の日は現地に行く前から帰るまで、最高のカスタマージャーニーで心が豊かになること請け合いだ。