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著書:スポーツビジネス15兆円の到来
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第1章
スポーツビジネスは有望か?

──『日本再興戦略2016』で描かれる未来

「ゴールデン・スポーツイヤーズ」がやってくる!

政府が策定した『日本再興戦略2016』の中にスポーツの成長産業化がうたわれて、その後も国の積極姿勢が変わらないことに加えて、スポーツ産業の市場拡大が確実であるもう一つの理由は、日本における国際的な大型スポーツイベントの連続開催である。

因果関係で言えば、この大型スポーツイベントの連続開催決定という事実が、『日本再興戦略』の中にスポーツを取り上げさせた一因となったとも言えるだろう。何と言っても、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが国内外に向けてシンボリックで一番目立つが、その前後にも2019年には、オリンピック・パラリンピック、サッカーのFIFAワールドカップに次いで世界第3位のメガスポーツイベントであるラグビーのワールドカップが日本各地の12会場で開催され、2021年には参加型スポーツイベントとしては世界最大のワールドマスターズゲームズが関西全域で開催される。

前述のように、世界最大規模のイベントが3年連続で同じ国で開催されるということは、世界的に見ても初めてのことである。ちなみに、3年連続で世界的な大会が日本で開催されることから、この2019年から2021年までの3年間は日本における「ゴールデン・スポーツイヤーズ(*4)」と呼ばれている。このような大型スポーツイベントラッシュによって、スポーツ業界は官民ともに今、活況に沸いている。

活況と言っても、実際にはどれくらいのお金が動くのか──。このあとは具体的にその金額について見ていくことにしよう。

スポーツの国際大会が行われる際、よく耳にするのが「国の経済効果」という言葉である。そのイベントを開催することによって、国内にどれくらいの効果があるのか。おもにそのイベントに由来するお金の動きを切り口として、新たに誘発される金額を細かく計算して積み上げ、その合計金額を「経済効果」として表わすことが多い。この「経済効果」という言葉は普段よく耳にする言葉ではあるが、具体的には何のことなのか、あまりピンと来ない言葉ではないだろうか。みなさんが何気なく耳にしたり、使ったりしている言葉だと思うので、ここではみなさんの肚に落ちるよう、できるだけわかりやすく掘り下げて説明してみたい。

2018年3月に『ラグビーワールドカップ2019 大会前経済効果分析レポート』が発表された(*5)。そのレポートによると、ラグビーワールドカップによる経済波及効果は4372億円、GDP増加分(付加価値誘発額)は2166億円、関連する税収拡大効果は216億円、雇用創出効果は2万5000人に上ると予想されている。

今回のラグビーワールドカップの効果分析では、大きく分けて3つの経済効果が計算されている。それは「直接効果」「第一次間接効果」「第二次間接効果」だ(図3)。以下、一つずつ解説していく。

スポーツの国際大会で動くお金の規模

「直接効果」とは文字通り、大会を実施することによって、新たに「直接」生まれる金額のことである。その中でも一番わかりやすいのは、お客さんが大会前後で消費する金額だろう。スタジアムに訪れるための交通費や宿泊費、それに試合を観戦する場合のチケット代や飲食代も含まれる。お客さんが試合日の前後に試合会場の周辺都市で観光をするかもしれない。その金額もおおまかに推定して含んでいる。ラグビーワールドカップのような「一生に一度」の国際的なイベントであれば、普段あまり行かないような少し遠い会場にも、奮発して試合を見に行くかもしれない。今回、日本で開催されるラグビーワールドカップは、北は札幌(札幌ドーム)から南は熊本(熊本県民総合運動公園陸上競技場)・大分(大分スポーツ公園総合競技場)まで全国各地12会場で計48試合が44日間かけて行われる。ラグビーは激しいスポーツなので、試合間隔が他のスポーツに比べて長い。それぞれのお目当ての試合に向けて、ラグビーの試合と観光を楽しむ人々が、北から南まで大移動をすることが見込まれている。

例えば、埼玉県に住んでいる筆者が、大分で行われるニュージーランド戦を見に行くとしよう。せっかく九州まで行くので、少しゆっくりして温泉にも入りたいし、少し観光もしたいと思うだろう。飛行機代などの交通費で往復5万円、試合の前後に3泊するとして3万円、チケット代が2万円、飲食に3万円、観光に2万円使ったとすると、計15万円になる。これらがすべて経済効果としてカウントされる。

また、この「直接効果」には国内客に加えて、訪日外国人客によるものがある。ラグビーワールドカップの大きな特徴は、この訪日外国人の数が、他のイベントに比べて、非常に多いと予想されているということである。ラグビー発祥の地イギリスを中心とするヨーロッパでは、ラグビーは富裕層向け、サッカーは労働者階級向けのスポーツとして発展してきた歴史がある。今回のラグビーワールドカップでは、ラグビーが大好きで比較的裕福な富裕層が日本各地に長期間滞在するとみられている。

これらの層については、どの国でワールドカップが開催されても、世界中を旅して必ずワールドカップを見るような人々であり、ある一定数の決まったファンたちが、4年に一度、固まって世界中を移動するようなイメージなのだ。

それに加えて、特に2019年のラグビーワールドカップは、アジアで初めてのワールドカップとなる。先ほどの「ワールドカップは必ず見に行く」というような超コアなファンだけでなく、「いつか一度、日本に行ってみたい」と思っているような外国人にとっても、「日本でラグビーワールドカップがあるから、それを見に行くために今回、日本に行く」という理由をつけて訪日するような外国人も多くいると思われる。また、もともと住んでいる国からの移動だけでなく、たまたま仕事でシンガポールや香港、上海に駐在しているような、多国籍企業の駐在員などの訪日もアジア各国から見込まれている。その証拠として、2018年9月時点ですでに多くの外国人がチケットを購入している。大会の1年以上も前に、である。ちなみに今回の日本大会では、30万人から40万人のお金をそこそこ持った外国人が大量に、日本にやってくると予想されている。

(*4)「ゴールデン・スポーツイヤーズ」は早稲田大学スポーツ科学学術院の間野義之教授が提唱したものである。
(*5)2018年3月に公益財団法人ラグビーワールドカップ2019組織委員会が発表した。内容は新日本有限責任監査法人がまとめたものである。

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スポーツビジネス15兆円時代の到来

森貴信著/平凡社新書

長らく競技者(選手)のものだった日本のスポーツは、新しいステージを迎え、今後より人びとの暮らしに密着したものになる。すでに起こっている事例を挙げつつ、人・モノ・カネの動きの実際と予想される未来を、スポーツビジネスの最前線で活躍する著者が語る。
そもそも、スポーツは仕事(の場)となりうるのかという疑問に発し、政府が提言する『日本再興戦略2016』のうち、国が〈スポーツの産業化〉を強く後押ししている実態を紹介、その意味をていねいに分析することで、今後、劇的な経済効果を促す異業種との交流や他産業の参入、さらにはスポーツイベントに連動する生活の場と習慣の変化など、スポーツというフィールドに秘められた大きな可能性に迫る。
――進学、就職・転職から共生の場の創出まで、新時代の社会のかたちが見えてくる。