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著書:スポーツビジネス15兆円の到来
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第1章
スポーツビジネスは有望か?

──『日本再興戦略2016』で描かれる未来

今後、日本で起こること──日本スポーツの構造的限界は打破される

このような、これまでのスポーツにおける「体育」「ボランティア」「アマチュアリズム」の状況を変えようというのが、『日本再興戦略2016』で掲げられている「スポーツの成長産業化」である。それはつまり「体育としてのスポーツ(アマチュアリズム)」から「スポーツの産業化(プロフェッショナリズム)」に大きく舵を切るということだ。スポーツの産業化とは「スポーツを経済活動の一部としてとらえ直す」と言い換えられるかもしれない。繰り返しになるが、「国がスポーツの産業化に力を入れる」ことなど、今まではなかったことである。これはこれまで経済産業省ではなく、文部科学省がスポーツを管轄していたわけだから、ある意味、当然のことだと言える。

この状況を打開するため、2015年、文部科学省の外局としてスポーツをつかさどる「スポーツ庁」が発足し、文部科学省の管轄下ではあるものの本体とは別の組織が作られた。文部科学省の中でもスポーツは他とは性格の違うものという認識がされたということだ。これで「スポーツの産業化」に力を入れる体制が整った。オリンピックの金メダリストでもある鈴木大地氏が初代スポーツ庁長官となり、自ら「スポーツで稼いでください!」と、事あるごとにあらゆるイベントや国内の競技団体(協会や連盟など。まとめてNF[National Federation]という)向けの談話の中で発信をしている。

これまでとは明らかに状況が違う──。

ボランティア精神やアマチュアリズムは、それはそれで精神的には美しい姿なのだが、それだけだとスポーツは産業として発展しない。『日本再興戦略』の中にスポーツの産業化が組み込まれたということは、ようやくそのことに国が気づき、大きく方向転換しようと舵を切ったということである。

身近な例で「スポーツの産業化」について説明しよう。サッカーの指導者にはライセンス制度があり、レベル別に下から順にD級、C級、B級、A級、そしてS級まで整備されている。そしてこのライセンス制度は、S級がないとJリーグクラブの監督にはなれないなどという細かなルールを作って運用されている。そのルールを決めたり、ライセンスを取るために指導者向けの講習をしたり、ライセンスの試験をしたりして全体の管理をしているのが、JFA(日本サッカー協会)である。

こうすることで、1993年のJリーグ発足以来、多くの人が指導者ライセンスを取得したし、S級ライセンス保持者だけでも450人を超えるのではないだろうか。少なくともライセンス保有者は一定時間以上、サッカーの指導について勉強し、基礎となるような理論を学び、実地訓練もしながら指導者としての経験を積み重ねているのである。そしてその中から、Jリーグクラブの監督やコーチ、サッカースクールのコーチなど、サッカーの指導者として生計を立てることができるようになった人がたくさん生まれた。Jクラブの監督・コーチであればJクラブとの契約によって、またサッカースクールのコーチであれば、生徒からの月謝を財源とした報酬によって、堂々とお金を稼ぐことができるようになったのである。

また、お金が回ることに加えて、ライセンス制度によって指導者としての質が担保されるようになったことも大きい。これまでは監督・コーチと言ってもほとんどがボランティアで、統一された指導指針もなく、それぞれの属人的な経験に基づいて教えられていた世界だった。ライセンス制度が身分の安定とともに指導の質の向上にもつながり、それが日本サッカー全体の技術力向上につながったと考えられる。ただライセンスを取得するにもお金がかかる。JFAはライセンス受講者から受講料などのお金を徴収し、それを指導者講習の費用として使い、ライセンス取得者は自分への投資以上の価値を得ることができる(残念ながら、自分への投資以上の価値を得られない人も出てくる)。

もちろんこのライセンス制度は、トップチームから下部組織までのJリーグ全体の制度設計にもつながっている。こうして制度を整え、全体的にお金が回っていくということが、すなわち「スポーツの産業化」ということである。このように今後はスポーツにおけるいろいろな場面で、全体の仕組みを整えて、お金をどんどん流通させていくということが進んでいくと見られている。

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スポーツビジネス15兆円時代の到来

森貴信著/平凡社新書

長らく競技者(選手)のものだった日本のスポーツは、新しいステージを迎え、今後より人びとの暮らしに密着したものになる。すでに起こっている事例を挙げつつ、人・モノ・カネの動きの実際と予想される未来を、スポーツビジネスの最前線で活躍する著者が語る。
そもそも、スポーツは仕事(の場)となりうるのかという疑問に発し、政府が提言する『日本再興戦略2016』のうち、国が〈スポーツの産業化〉を強く後押ししている実態を紹介、その意味をていねいに分析することで、今後、劇的な経済効果を促す異業種との交流や他産業の参入、さらにはスポーツイベントに連動する生活の場と習慣の変化など、スポーツというフィールドに秘められた大きな可能性に迫る。
――進学、就職・転職から共生の場の創出まで、新時代の社会のかたちが見えてくる。